ある劇作家からのコメントへの返答(その1) ―権利制限規定と同一性保持権の関係をめぐって―


こんにちは。
たいへんご無沙汰しています。


今年前半もいろいろありました。
そんななかで印象に残ったのは、『南へ』公演中の野田秀樹さんの言葉。そう「劇場の灯を消してはいけない」*1ですよね。
私が観た芝居では、作・井上ひさしさん、演出・栗山民也さんの2作品(『日本人のへそ』、『雨』)、生誕50周年の三谷幸喜さんの『国民の映画』、『ベッジ・パードン』が他を寄せ付けない別格の出来でした。
また、初演を見逃した『焼肉ドラゴン』もようやく観ることができました。
北区つかこうへい劇団解散公演も5本拝見しました。ひさしぶりにつか芝居に出演された神尾佑さん、吉田智則さんの演技が印象に残りました。


さてその間に、劇作家のOさんから2つのコメントをいただきました。しかもコメントの1つは半年以上も前にいただいていて、なかなかきちんとお返事ができず失礼してしまいました。
そんなわけで、今日はOさんのコメントに私から返答します。


まずはいつもの確認からです。
著作権法第38条第1項により、公表された演劇の脚本は、(1)営利を目的とせず(非営利)、(2)観客から料金を徴収せず(無料)、(3)実演家に報酬を支払わない(無報酬)という3条件を満たせば、著作者に無許諾かつ上演料無料で上演することが認められます*2


このため、私は、全国高等学校演劇協議会が、大会に参加する全国の高校演劇部に対して、一切の例外なく著作者に上演許可と上演料5000円の支払いを行うよう指導するようになったことは法的に誤った対応であると考えています*3


しかし、この件には難しいポイントが1つあります。
著作権法は第50条で「この款の規定は、著作者人格権に影響を及ぼすものと解釈してはならない」と定めています。
このため、無許諾・無料での上演が認められる場合でも、同一性保持権*4などの著作者人格権は保障されることになります。
これは、高校演劇での既成脚本上演にあたっては難しい課題になります。


では、Oさんから2011年1月2日にいただいたコメントを転載します。

 同一性の問題から論じます。厳密に言うと、ト書きの指摘、台詞の「てにをは」句読点にいたるまで、原作通りやることは不可能です。また、無料上演には作者の許諾がいらないというのはごく最近改正されたもので、戯曲の同一性の面からみても、今申し上げたとおり矛盾があります。また、上演に関わる道具や衣装、また、照明機材、音響機材など、高校生の上演だからということで無料になることなどありえませんね。その上演の一番根幹に関わる作品が無断で上演していい。無料で上演していいということには疑問を感じます。劇作家は同一性で対抗せざるをえません。たしかに法的には作者の許可無く上演できますが、ならば、同時に保証されている同一性の保持を守るため、われわれ劇作家は、同一性が保持されていることを確認する権利を持っております。わたしは無断上演をされた場合、かならず上演記録。台本ではなく、ビデオまたはDVDの提出を求めています。なにか言いがかりのように思われるかもしれませんが、著作権を護る最後の手段だと、心苦しいのですがそうさせていただいております。問題は今の著作権法にあります。大袈裟に言うと、作者は命を削って本を書いております。ご理解いただければ幸いです。*5


たしかに「ト書きの指摘、台詞の『てにをは』句読点にいたるまで、原作通りやることは不可能です」。
ネット上を徘徊していると、同一性保持権を強く主張する作家さんからもこういった指摘があります。
そして、私もそう思います。
プロの役者さんでも台詞を間違えたりかんだりすることはそう珍しくもないのですから。


しかし、だからこそ私は、Oさんと違って、ご指摘にはそもそも法律的に意味がないと考えます。
そんなこと言ったら著作権法第38条1項は完全に意味をなしませんから。


ついでに、あえてややこしいことを考えてみましょう。

ご指摘のように、脚本を上演する際、そもそも「原作通りやることは不可能」なのであれば、そのことはかえって私の主張にとって有利です。
なぜなら、同一性保持権を定めた著作権法第20条は、その第2項で「前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない」としたうえで、その第4号で「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」を挙げているからです。
誰も「原作通りやることは不可能」なんですよ。
だとしたら、精一杯脚本に忠実に上演しようと努力したが、結果として「てにをは」を間違ってしまったこと、「ト書きの指摘」に忠実でなかったことは、「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」と考えるべきでしょう。


「無料上演には作者の許諾がいらないというのはごく最近改正されたもの」だという指摘ですが・・・。
現行の著作権法ができたのは昭和45年改正ですから、ざっと40年前です。申し訳ありませんが、40年前は最近ではありません。

そして、私は、著作権法に矛盾があるとは考えません。
しかし、仮に矛盾があったとしても、第38条第1項は、制定後約40年間基本的に変わっていないわけで、であれば、第50条との関連で一見矛盾した法律の内容をどのように解釈すれば全体の整合性が保たれるのかを考えるべきではないでしょうか。
この辺の考え方は法学を学んだことのない方には伝わりにくいところだとは思います。


つぎにいきましょう。
「上演に関わる道具や衣装、また、照明機材、音響機材など、高校生の上演だからということで無料になることなどありえませんね。その上演の一番根幹に関わる作品が無断で上演していい。無料で上演していいということには疑問を感じます」という部分です。


Oさんへの非礼を承知であえて言わせていただきます。
「このレベルの理解で著作権法について語ってもらいたくない」というのが本心です。

言い換えます。
Oさんをはじめ「作者は命を削って本を書いて」らっしゃいます。
ですから、「ト書きの指摘」や「てにをは」をないがしろにされては困るでしょう。
しかし、著作権法の権利制限やフェアユースのあり方について考えている多くの人々も、権利者側と同じように命を削って著作権法と関わっているのです。
権利者の方も少しは著作権法の勉強をして、なぜ権利制限規定が必要なのか考えてみてください*6

すいません、興奮しすぎました。
でもおそらくOさんも、これ以上にお怒りなんでしょうね。


先を急ぎましょう。
「わたしは無断上演をされた場合、かならず上演記録。台本ではなく、ビデオまたはDVDの提出を求めています」という部分です。


もし私が、Oさんからそのようなご連絡をいただいたとしたらこうお答えします。
「ビデオをDVDも撮っていないので提出できません」。
だって、撮れないです。
著作権法第2条第1項第15号イです。
「脚本その他これに類する演劇用の著作物 当該著作物の上演、放送又は有線放送を録音し、又は録画すること」は複製に含まれるとされているのです。
非営利・無料・無報酬での上演といえども、複製権に関する権利制限規定の適用はありません。
ですから、いくら私でも無許諾・無料での複製(=ビデオ撮影)はできません。


そして、コメントを読んでいて失礼ながら一番気になったのは、Oさんは同一性を保持したいのか、それともただ単に上演料がほしいのかどっちなんだろうかってことです。

そういうことなら私からこれだけは言えます。
著作権法第50条があるので、Oさんの同一性は保持できます。
大丈夫ですから、どうかご心配なく。
しかし、第38条第1項があるので、同一性保持権に十分に配慮した非営利・無料・無報酬の上演に対して、同一性保持権をたてに上演料を取るというのはやめたほうがいいと思います。


Oさんからのもう1つのコメントについては改めて書きますね。
ではまた。

*1:http://www.nodamap.com/site/news/2011/03/206

*2:著作権法第38条1項 公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。

*3:上演許可がなければ、高校演劇部は大会で既成脚本を上演することが許されません! 詳しくは、私の書いた以下のエントリーを参照してください。http://d.hatena.ne.jp/chigau/20101122http://d.hatena.ne.jp/chigau/20101127http://d.hatena.ne.jp/chigau/20101129。全国高等学校演劇協議会の「著作権ガイドライン」は以下のアドレスを参照してください。http://koenkyo.org/chosaku/chosakuindex.html

*4:著作権法第20条 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。

*5:私の2010年11月22日のエントリーに対するコメント。http://d.hatena.ne.jp/chigau/20101122

*6:ぜひ私の書いた以下のエントリーを参照してください。我ながら結構よく書けてると思います。これを読んでわからなかったら言ってください。http://d.hatena.ne.jp/chigau/20080918http://d.hatena.ne.jp/chigau/20080923