ある高校演劇部顧問からのコメントへの返答(その1) ―脚本への歌詞の引用をめぐって―


こんにちは。


私がブログの更新ができずにいる間に、先日紹介した大橋むつおさん*1以外にもコメントをいただきました。
今日はそのなかから、高校の舞台芸術部(=演劇部)の顧問をされている片岡直史さんからのコメント*2を取り上げます。


早速、いただいたコメント(主要部分)を見てみましょう。

さて、「第38条*3」関係で、私が経験した、もしかすると参考にしていただけるかもしれないケースを御紹介します。それは、「脚本に曲の歌詞の一部を使う」場合の、JASRAC出版部の見解です。
高校演劇の大会で何かを上演しようとする場合、上演校は必ず脚本を審査員と舞台スタッフ(照明・音響・舞台)に提出します。JASRAC出版部が言われたのは、「学校で部員が使う脚本に歌詞の一部を書くことは、著作権法第38条が適用され、利用許諾を得る必要はない。しかし、学校外の人に見せることが前提となっている場合は、一般の出版物同様、利用許諾を得なければならない」ということでした。当方では「外部に出るのは、地区大会だと審査員用3部、スタッフ用3部、保存用1部の合計7部である」と説明したのですが、どうやら1部でも外部の人に見せる場合は、利用許諾を得た上で、著作権料を支払わなければならないようなのです。
これから考えるに、高校演劇の大会での上演は、第38条が適用される「「上演」「演奏」「上映」「口述」のいずれかであること」の範囲外である、「出版」も含んでいると考えられないでしょうか。


いくつか気になることがあります。
まず、「学校で部員が使う脚本に歌詞の一部を書くことは、著作権法第38条が適用され、利用許諾を得る必要はない」(JASRAC出版部の見解)という部分です。

そう、著作権法第38条が根拠なのが変ですね。
著作権法第38条第1項は上演権の問題ですので、「書くことに」「著作権法第38条が適用され」るというのは、何かの間違いでしょう。
また、「学校で」という場所の限定がついているのもおかしいと思います。
思うに、正しく言い直せば、「たとえ上演場所が学校であれどこであれ、非営利・無料・無報酬の条件を満たせば、歌詞の一部を上演(口述かな?)することは、著作権法第38条第1項が適用され、利用許諾を得る必要はない」となるはずです。


つぎに、「しかし、学校外の人に見せることが前提となっている場合は、一般の出版物同様、利用許諾を得なければならない」(JASRAC出版部の見解)という部分です

ここまで読んでやっと事情が飲み込めてきました。
片岡さんとJASRAC出版部は、曲の歌詞の一部が使われている脚本を印刷して、審査員などに配ることを問題にしていたのですね。

そうすると、これは、歌詞の一部を無許諾で印刷して配っていいかどうかっていう話です。
これは複製権の問題ですね。
38条1項は上演権の権利制限規定ですから、無許諾・無料での複製を認めるわけではありません。
よって、JASRAC出版部のいうとおり「一般の出版物同様、利用許諾を得なければならない」となります。


ここで2つ確認しておきたいポイントがあります。

1つは、JASRAC出版部のいう「学校外の人に見せることが前提となっている場合は」という限定です。
この部分は、明らかに、著作権法第35条第1項*4を意識しているように思われます。
「学校その他の教育機関における著作物の複製に関するガイドライン*5によれば、35条1項により学校において著作物の複製が認められる授業の過程には部活動も含まれているからです。

片岡さんは、「高校演劇の大会での上演は、第38条が適用される『「上演」「演奏」「上映」「口述」のいずれかであること』の範囲外である、『出版』も含んでいると考えられないでしょうか」とコメントされました。
これは、私なりにいいかえれば、「学校の外で行われる高校演劇の大会は、授業の過程の外側に属するため、35条1項の適用範囲外にあるのではないか」ということになります。
大会が授業の過程の外かどうかは、私には即断できませんが、一般的にいって部活動は大会参加も含めてその活動の全体が成立しているように思われます。
ただ仮にそうだとしても、審査員に渡すとなるとマズイですね。


さて、もう1つのポイントは「引用」との関係です。
片岡さんのコメントには、「引用」という文言はなく、「脚本に曲の歌詞の一部を使う」とか、「脚本に歌詞の一部を書く」という言葉しか出てきません。
コメントにある脚本に使われた歌詞の一部がどの程度のものなのか私には分かりませんが、これは「引用」にあたる可能性を秘めていると感じます。

著作権法32条第1項を示します。

32条第1項 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

これについて、最高裁判例は、「引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される著作物とを明瞭に区別して認識することができ」(明瞭区別性)、かつ、「両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならない」(主従関係)としています*6

もし片岡さんのケースが、最高裁判例の示す要件を満たす「引用」であれば、無許諾・無料での複製や口述が可能になります。
そこで、おそらく、JASRAC出版部は「引用」という語句の使用を意識的に避けているのでしょう。


ついでに、JASRACが歌詞の引用をどのように見ているのかを確認してみましょう。
「旅と現代文学。」というサイトに、サイト主が、かつてJASRACと歌詞の引用について交わしたやりとりが紹介されています*7
そこでJASRAC側はつぎのように言っています。

「引用」は「引用」と認められる利用方法であることが条件です。あくまで、研究、論文、報道等で、そのものに著作物として、創造性があるもののなかに、楽曲,歌詞の引用が不可欠な場合と判断しております。

また、「引用」は自分の著作物の創作の為に行うものであり、「引用」の目的上、正当な範囲内つまり著作物全体の中で自分が創作した部分が主であり、「引用」された他人の著作物が従であるという主従関係が守られていることが必要です。また、目安として、ご利用の分量も関係してきます。

JASRACのいう後段の部分は判例の要件と一致しています。

しかし、前段はどうでしょうか?

JASRACは目的要件を、「研究、論文、報道等で、そのものに著作物として、創造性があるもののなかに、楽曲,歌詞の引用が不可欠な場合」としています。
しかし、32条1項の条文にも、最高裁判例にもそのような文言は見あたりません。
しかも、上の最高裁判例では、「引用とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいう」とされているのです。
「研究、論文、報道等で」「楽曲,歌詞の引用が不可欠な場合」と、「紹介、参照、論評その他の目的で」「他人の著作物の原則として一部を採録すること」にはかなりの開きがあるように感じるのは私だけではないでしょう*8


また、引用の目的要件に関して言えば、音楽作品の小説への引用について、JASRAC日本文芸家協会との間に覚書が交わされているそうです。
加戸守行『著作権法逐条講義 四訂新版』から引用します。

音楽作品の小説への引用の場合には、(社)日本音楽著作権協会と(社)日本文芸家協会との間において、覚書が交換され、例えば歌詞の1節以内であれば許諾を求める必要がないこととされていますが、それは、実務的な処理に関する両当事者間の合意であって、本項の解釈を左右するものではありません。実際問題として、ケースによっては、1節を超えても引用可能の場合もあるし、逆に1節以内でも引用できない場合がありましょう。*9

そう、小説への引用であっても「ケースによっては、1節を超えても引用可能の場合もある」のです。

ついでに、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会の参考資料のなかにもつぎのような指摘が見受けられます。

マンガにおいて、ごく一部でも既存楽曲の歌詞が出てくるとJASRACジャスラック)許諾番号が記載されており、違和感があるとの声も耳にする。このような利用は主従関係では従であり、引用で許される可能性もなくはないのではないか。*10


まとめましょう。
以上の通り、条文・判例が示した要件を満たせば、演劇の脚本に歌詞の一部を、無許諾・無料で、「引用」して上演することも認められる可能性があるのです。


それと、片岡さんのコメントには次のような部分があります。

報酬に関してですが、高校演劇の大会の場合、「自主上演」とするにはお金が足らないため、都道府県の高等学校文化連盟から金銭的補助を受けての上演になります。これが「報酬」の一部ととらえられなくもないのでは、とも思います。

しかし、だいぶ長くなりましたので、この部分に関しては、また改めて論じたいと思います。
ではまた。

*1:http://d.hatena.ne.jp/chigau/20110810

*2:2010年11月22日のエントリーに対するコメント。http://d.hatena.ne.jp/chigau/20101122 なお、片岡さんが顧問を務める高校は先日の全国大会で最優秀賞を受賞されました(合ってますよね)。おめでとうございます。http://koenkyo.org/memorial/2011/kekka.html

*3:著作権法第38条1項 公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。

*4:第35条1項 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における使用に供することを目的とする場合には、必要と認められる限度において、公表された著作物を複製することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

*5:http://www.jasrac.or.jp/info/dl/gaide_35.pdf

*6:最三小判昭和55年3月28日民集34巻3号244頁。たとえば以下を参照。http://www.ayumu-iijima.com/materials/CasesJP/SC3S550328-S51o923.htmhttp://www.juris.hokudai.ac.jp/coe/articles/tamura/casenote94a.pdf

*7:http://www.tabibun.net/news/2002/topic01.html

*8:この辺りの内容については以下のサイトを参考にさせていただきました。http://tatuya.niu.ne.jp/copyright/column/06.html

*9:加戸守行『著作権法逐条講義 四訂新版』1245ページ。すいません、原文に私はまだ原典にあたっていません。以下のサイトから孫引きしています。http://d.hatena.ne.jp/copyright/20031124/p3

*10:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/08062316/007/011.htm