著作権法第38条1項と同一性保持権(問題の所在:具体的事例から)
こんにちは。
今日はちょっと回り道をして、私の問題意識の原点を、具体的な事例を通して書いてみたいと思います。
では始めます。
著作権法第38条1項は、非営利・無料・無報酬での上演について、無許諾かつ著作権使用料無料での上演を認めています。
しかし、著作権法第50条により、非営利・無料・無報酬での上演であっても、「著作者人格権*1に影響を及ぼすものと解釈してはならない」とされています。
この結果、非営利・無料・無報酬での上演で、無許諾かつ著作権使用料無料での上演が認められるケースであっても、著作物及びその題号に変更、切除その他の改変を加える場合には上演許可が必要になるとされています。*2
そこで、高校の文化祭での演劇上演において、次のような問題がおきているのです。
(以下は、2007年10月18日のTBSテレビ「NEWS23」で放送された事例です。*3)
東京都立日比谷高校の「星陵祭」では、1年生から3年生までの全クラスがクラスごとに演劇を上演しています。
もちろん、観客から料金は取らず、生徒にも報酬はありません。
日比谷高校では、2007年から、各クラスは必ず上演する劇の著作者の許可を得ることにしたそうです。
すると……
「著作権料を払ってほしいとの要求をされたクラスもあるようです。高校生の無料公演のため、金銭は一切払わないよう指導したので、お金を要求されたクラスについては、その劇の上演はできていません。」(実行委員を務める生徒)
結局、生徒が演ずることができた作品は、著作権が消滅している古い作品や、生徒自身のオリジナル作品が目立ったとのこと。
もう1つ同様の事例があります。
東京都立青山高校の文化祭の例です。
青山高校の文化祭も、劇やミュージカルの上演ばかりを行うものです。
青山高校でも、以前から、著作者の上演許可は求めていなかったそうです。
ところが、2005年に、アメリカ・ブロードウェイミュージカルの著作権管理会社から連絡があったとのこと。
「アメリカからだいぶ苦情がきているので、対応したいと。今までのことに対しては特に言わないが、これから先はきちっと対応してほしいと。安くて数十万はかかります。ジュニア版というコンパクトにしたもので十数万かかると言われて……」(青山高校副校長)
このため、青山高校では無料での上演許可を取ることにしたとのこと。
しかし、思うように許可が得られなかったため、結果、2007年から上演許可を取るのをあきらめたそうです。
そして以下のように対応したそうです。
「ある一場面、一幕をカットして、ナレーションでつないだりしながら、上演する部分は公になっているものをつないでいくという形で、作家の同意を得ないでやろうと」(青山高校副校長)
青山高校の対応方法は、著作権法第20条第2項の規定を意識したものと思われます。
第20条第2項 前項の規定(筆者注:同一性保持権のこと)は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。
第4号 著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変
これは、高校の文化祭での演劇上演では、その利用の目的及び態様から、演劇の全編を一切省略せずに上演することは通常ありえず、時間の都合でその一部を上演することは、やむを得ないと認められる改変にあたるという解釈でしょう。
これらの事例を踏まえて、日向央さん(TBSテレビ編成局)は、次のように書いています。
このニュースを見た全国の高校や中学が、日比谷高校の対応を真似して、上演するすべての劇の作者に連絡し「文化祭での上演だから許可してください」との申込をすることが今後頻発しないかが、多少気がかりである。*4
しかし、現実には、学校は著作権についてかなり神経質になっており、文化祭での演劇の上演にあたって、上演許可を得ようとする動きが広がる可能性は、「多少」ではなく、かなり高いように思われます。
それは、これまで学校が著作権に対してかなりルーズだったことの揺り戻しが起こりつつあるからです。
たとえば、高校演劇では、既成脚本については改変の有無にかかわらず上演許可をとることを大会参加の必須条件としています。*5
また、東京都中学校演劇教育研究会のサイトでは、WEB上に創作脚本を公開しているのですが、その脚本の使用に当たっては「有料、無料にかかわらず、上演許可は必ず取って下さい。以下はその手順です」とあります。*6
しかも、その手順の中には次のような項目があります。*7
◆上演許可願い・基本様式
【件名】□□の上演について
○○さん、こんにちは。
私は、(自己紹介)といいます。
(サイト名)で、○○さんの脚本を読ませていただいて、是非
上演をしたいと思っています。以下の要領で、上演を希望します。
●作品名 『□□』
●作者名 ○○
●上演団体名
●連絡担当者 (中学校の場合は、必ず顧問の先生にして下さい。)
●連絡先 (メールアドレス、電話番号等)
●上演日程
●上演回数
●上演場所
●上演形態 (文化祭・地区大会・自主公演等)
●入場料 (無料・有料の区別、有料の場合値段も)
●その他 (潤色の希望、上演料が必要な場合は、受け渡しに関する確認等)
「上演形態」に「文化祭」が含まれており、「その他」に「潤色の希望」という項目があることに気づかれることでしょう。
私はこうした状況をとても危惧しています。
論旨が少しズレました。
著作権法第38条1項は、著作権制限規定であり、非営利・無料・無報酬での上演について、無許諾かつ著作権使用料無料での上演を認めています。
しかし、同法第50条(及び第20条1項)により、同一性保持権の問題は残ってしまいます。
その結果、青山高校では「安くて数十万はかかります。ジュニア版というコンパクトにしたもので十数万かかる」と言われたわけです。*8
これは、著作権法第38条1項の規定が置かれていることの法の趣旨に照らして、適切な解釈に基づく運用だといえるだろうか?
これが、私がこの問題を追究している理由なのです。
*1:著作権法第20条1項 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
*2:以上は通説の立場。なお、非営利・無料・無報酬での演劇の上演をめぐって、この問題を正面から扱った判例は見当たりません。
*3:この記事中に示す事例については次の文献を参照しました。日向央「高校の文化祭での演劇の上演に著作者の権利は発生するのか? 〜TBS『NEWS23』での報道から〜」(『調査情報』2008年1・2月号、第3期通巻480号)
*4:日向央、前掲論文
*5:詳しくは、私の過去の記事を参照してください。http://d.hatena.ne.jp/chigau/20080819など。
*6:詳しくは、私の過去の記事を参照してください。http://d.hatena.ne.jp/chigau/20080902
*7:http://chugekiken.jpn.org/modules/newbb/viewtopic.php?viewmode=thread&topic_id=1&forum=1&post_id=3
*8:ただし、こうしたケースにおいて、日本国内の著作権者が要求する上演料は、おそらく5000円だと思われます。詳しくは次の記事を参照してください。http://d.hatena.ne.jp/chigau/20080820