著作権法第38条1項と契約のoverridability


こんにちは。
早速はじめます。

著作権法第38条1項は、非営利・無料・無報酬での上演について、無許諾かつ著作権使用料無料での上演を認めています。


しかし、演劇の世界では、たとえそれが高校生による、非営利・無料・無報酬での上演で、かつ脚本の改変が一切ないものであっても、著作権者が上演許可を取るよう要求し、かつ著作権使用料として5000円の支払いを求めることが広く行われるようになっています。


著作権者によるこのような行為は、はたして法的に認められるものなのでしょうか*1
この問題は、著作権法の権利制限規定が、当事者間の契約によってオーバーライド出来るかという問題です。


結論を先取りするなら、私はこうした契約は認められるべきでないと考えます。


では、検討してみることにしましょう。


私たちの社会では、私的自治の原則、契約自由の原則が認められています。
よって、原則からいえば、取引の当事者間で合意できれば、契約内容は自由に定めることができます。

とすれば、たとえ著作権法第38条1項が、非営利・無料・無報酬での上演について、無許諾かつ著作権使用料無料での上演を認めていたとしても、著作権者と上演許可を得ようとする側とが合意すれば、上演の許諾とともに上演料として5000円を支払う契約をすることも認められるように思われます。

しかし、このような契約を認めていくと、使用者側がその戯曲をなんとしても上演したいと考えていれば、結果として権利者の意向に従わざるを得ず、上演を許諾する権利者(=有利な地位にある側)の意向が優先されやすく、結果として、権利制限規定が有名無実化するおそれがあるのではないでしょうか。


ちょっと回り道を。


そもそも著作権法の権利制限規定は、強行法規なんでしょうか、それとも任意法規なのでしょうか。


作花文雄先生は次のように書いています。

一方の極として、制限規定により許容されている内容は、排他的権利は及んでいないということを規定しているに過ぎず、当事者間でいかなる特約を締結するかは自由であり、例外的に当該契約に係る諸事情により、民法第90条の公序良俗違反となる場合には、無効と解するという考え方もあり得る。
そして、他方の極として、著作権法は(準)物権的な排他的権利を規定する法制である以上、各条項は基本的には強行法規性を有しているものと解すべきだとする考え方(したがって、各制限規定に反する契約は民法第91条の規定により無効である)もあり得るものと思われる。

現行法の制定意思としては、各制限規定の強行法規性の有無は、個々の事例に応じ司法府に委ねているものと基本的には解されるが、単に当該制限規定の内容は排他的権利の範囲外のもととしているという性格のものもあれば、著作物の利用に係る(政策的)公序を体現した規定としての性格を有するものもあると考えられる。
したがって、上記の両極のいずれかということではなく、各制限規定の果たす役割や性格を踏まえた上で、解釈運用を図ることが望まれる。*2


うーん。


著作権法第38条1項を「制限規定の果たす役割や性格を踏まえた上で、解釈運用を図る」とすれば、どのように考えるべきなのでしょう。


作花先生による権利制限規定の分類によれば、38条1項(非営利・無料・無報酬での上演)は、「学校教育、社会教育、地域文化活動あるいは生涯学習など、人々の教育・学習活動に資するもの」とされています*3
であれば、この規定は、権利制限規定のなかでも公共性の高いものであり、また、現実に行われている非営利・無料・無報酬での上演のあり方を考え合わせても、安易に契約によるオーバーライドを認めるべきではないように思われます。


で、話はぶっとびます。

全国高等学校演劇協議会は、既成脚本の上演にあたり脚本の改変が一切ない場合にまで著作権者の許諾を得ることを大会参加の条件としています。
そして、その際、著作権使用料は一般的に5000円であると公言しています*4


しかし、高校演劇に関わる先生方の意図とは裏腹に、このような行為は著作権を守るどころか、逆に著作権法の趣旨を台無しにしてしまうものです。

高校演劇に関わる方々、その他広く演劇に携わるすべての方々には、著作権法は、単に著作者の権利を守るためにあるのではなく、「文化の発展に寄与すること*5」をも目的にしていることをぜひ理解してもらいたいと思います。

*1:なお、今日のエントリーでは、使用者側は脚本を改変することはなく、したがって、同一性保持権の問題は生じない場合について検討したいと思います。

*2:作花文雄『詳解 著作権法(第3版)』ぎょうせい、2004年、313ページ。

*3:作花文雄、前掲書、309ページ。

*4:長崎地区高等学校演劇連盟が作成した『高校演劇基礎知識』を読んでみてください。http://dramankbr.web.fc2.com/infomation/drama_kiso.pdf これは、全国高等学校演劇協議会が直に示したものではありませんが、ネット上で見られる、高校演劇界の常識的な見方を示す典型的な資料です。この類の資料は、高校演劇ではよく目にします。

*5:著作権法第1条 この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。