土肥一史「著作権法の権利制限規定の性質」を読む ―土屋俊「演劇研究者のための著作権セミナー」に対する疑問に関連して―


こんにちは。


さきほど、なんとなく、Googleで「演劇 著作権」で検索してみたんです。
で、上位から順番に見ていったところ、5番目に土屋俊先生の「演劇研究者のための著作権セミナー」のPDFファイル*1が・・・(2010年12月13日13時30分・日本時間現在)。
ご存じの方も多いかと思いますが、土屋先生は、哲学や情報倫理の専門家ですが、千葉大学付属図書館の館長を務めていらっしゃったことから、大学図書館著作権の問題にも積極的に関わってこられた方です。
で、何でまた、その土屋先生が演劇研究者のために著作権について語ったのかは、私には知る由もありません。


が、資料を見てみると・・・、気になる記述があるではないですか。
なかでも私がとくに気になったのは、資料の7枚目(「一般的な誤解だと思うこと」)と8枚目(「契約は法律に優先する」)です。


まず7枚目です。
土屋先生によれば・・・。
(1)「権利制限による無許諾の利用は、利用者の権利である(fair useは権利である)」というのは誤解。
(2)というのは、権利制限規定は「既得権(私的複製、引用など)、公益性(図書館、教育、試験、障害など)によって権利者に我慢させているだけ」だから。
(3)したがって、権利制限は、「いつも『限定』と『例外』つき」で、しかも、権利者を「我慢させても補償するのが普通」ですよ。


おっしゃりたいことは分かるんですが、図書館側の人の言葉としてはあまりにも権利者寄りの表現のような・・・。


つぎに8枚目ですが・・・(今日のエントリーの本題はこっちです)。
土屋先生曰く、「契約は法律に優先する」と。
したがって、「許諾をもとめ、交渉を行い、契約を結んで利用が一番安全」だと。
さらに、法律より契約が優先するので、「制限による利用とても、除外・限定・例外を考えれば、権利者の意向を無視できない」んで・・・。
「権利者に聞け!法律家に聞くな!」ということらしいです*2


この説明でいいんでしょうか?


ダメなんじゃないかと・・・*3
だって、「制限による利用とても、除外・限定・例外を考えれば、権利者の意向を無視できない」から「権利者に聞け!」ってことになるなら、著作権法の権利制限規定は完全に空文になってしまいます。
この発想って、私が気にしている、全国高等学校演劇協議会*4と瓜二つです。


「法律家に聞くな!」といわれてしまうと、もうどうにも話のしようがないのですが、ともかくへこたれずにがんばってみましょう。


まず、土屋先生は、資料の3枚目で、講演の立場を次のように示しています。
「あくまで『素人』」として、「法律の『解釈』ではな」く、「実際に権利者と話し合ってきた」経験に基づいた講演だと。
法律家による法の「解釈は可能性の議論」であって、「現実的問題の方がより重要」で、もっというと「現実的問題の現実的解決がさらに重要」なんだよと。
しかも、「法律家は実は現実的問題をしらないかもしれない」よと・・・
だから、利用者は権利者と話し合って、契約するが基本だということのようです。


で、私思うんですが、それこそ、現実問題として考えると・・・、ベルヌ条約とか著作権法とかがなかったら、そもそも著作権なんて権利は認められてないわけで・・・。
ですから、いくらなんでも、法の解釈を全否定するところから、著作権を語られちゃうとナンセンスだと思うんです。
それに、契約、契約って言っても、もし当事者同士が揉めて揉めて結局裁判になったら、弁護士(=専門家)を立てて争って、最終的には裁判官(=専門家)が判断するわけですしね。
そういう意味で、当事者同士が交渉して契約する際に、法律の専門家の援助は必要だと思うのですけど・・・。
しかも、土屋先生曰く「権利者もよくわかっていない」状況らしいので、だったら、いくら当事者同士で話し合っても、それはそれでダメなんじゃないかと思うんですが・・・。


とか考えてたら、著作権情報センター附属著作権研究所の研究叢書No.12『著作権法の権利制限規定をめぐる諸問題』(2004年3月)の第2章、土肥一史先生の「著作権法の権利制限規定の性質」をみつけました。
かなり参考になるので、以下、私的に重要そうなところをメモしていきます*5


(1)まず、著作権著作権法の関係

著作権は、(中略)、著作権法によって認められた特殊の「物権類似の権利」であると説明される。
この見解を前提とすると、民法175条の物権法定主義「物権ハ本法其他ノ法律ニ定ムルモノノ外之ヲ創設スルコトヲ得ス」との関係も考慮することが求められよう。
すなわち、著作権法に規定される以外の権利が認められないことの他に、著作権法中に認められている権利であっても、契約自由の原則の下に、その内容が著作権法で規定されている内容と異なるものとなることは許されないはずでもあろうからである。

確かに。
著作権法に書いてある権利だけが、著作権として認められている権利なんであって、法律に書いてないことを勝手に当事者同士が契約して権利にしてはいけない。


(2)国際条約(TRIPS協定13条*6)との関係


著作権法の権利制限規定の根拠として、TRIPS協定13条のいわゆるスリー・ステップ・テストの規定があると指摘。
TRIPS協定13条は、著作物の通常の利用を妨げず、権利者の正当な利益を不当に害しない、特別な場合に限定された、権利制限規定を認めている。


(3)強行規定任意規定とを区別する基準について

著作権法30条以下の著作権制限規定が、強行法規であるのか、任意規定であるのかについては議論のあるところである。*7

契約の自由に委ねることができない秩序・利益に関する規定であるか否か、が重要な判断基準となる。
その際に重要なことは、それぞれの私法の基本原理の各法域において理想的な具体像を最高の標準とし、当該私法の各規定の任意法規性・強行法規性を決定しなければならないということである。


著作権法が理想とするものは、「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作権等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与すること」にあるから、これを前提に、各制限規定について当該規定の目的・趣旨を検討し、そこで実現しようとする種々の利益を考慮して、いずれかを決定すべきことになろう。

激しく同意。


(4)文化庁著作権課課長(2002年当時)の見解*8


文化庁著作権課課長(当時)は、一連の権利制限規定を任意規定とみているとの指摘。

この立場においては、特約による権利制限規定のオーバー・ライド問題が現実の問題となることになる。

監督庁の見解がこれでは・・・。
2010年現在の見解は・・・、知りません。
ご存じの方、教えてください。


(5)外国法の例(アメリカの電子情報取引法105条bの規定)

「ある条項が基本的公序に反する場合には、個々の事案においてその条項を強制しないという基本的公序の要請が、契約の条項を強制する利益を明らかに上回る限度において、裁判所は契約の強制を制限できる」

基本的公序が著作権者の利益を制限して実現しようとする利益と、著作権者が制限されることになる利益とを比較考量しようっていう、分かりやすい論理かと。


(6)強行規定任意規定かを判断する具体的な根拠について


(a)著作物の種類、特質

純粋芸術的な著作物か、産業上利用される著作物か否か、さらにアナログ著作物か、デジタル著作物か、は判断の目安となる。
著作物の通常の利用が妨げられる程度は、一般に前者は少なく、後者は大きくなるという蓋然性は認められるからである。
したがって、後者については、権利制限規定を特約でオーバー・ライドすることがより認められる、といえそうである。

演劇脚本の上演は前者?


(b)利用行為の特質

複製権か、その他の翻案等の利用権まで及ぶか、その利用行為によって、新たな創作物が生まれないのか、生まれるのか、換言すると、消費的利用行為か、生産的利用行為か、が問題となる。
利用行為が生産的なものであれば、多様な文化的所産の確保を目的とする著作権法の理想像から考えたとき、消費的享楽的な利用行為の場合よりも特約による権利制限規定のオーバー・ライドは許されないことになろう。

高校演劇部の演劇脚本の上演は、新たな創作物を生む、生産的なもの?


(c)公益上の理由から認められる権利制限規定について


土肥先生が権利制限規定を特約で排除できないとしているのはつぎのもの。

表現の自由等精神的自由権に属する利益や国民の知る権利につながる報道の自由を実現するための権利制限規定
・国権の各機関によるそれぞれの国政を実現するという任務を達成するために設けられた権利制限規定
著作権法が理想とする姿(=多様な文化的所産の確保)につながる利益、学習の目的による利用行為等の制限規定
・人類文化資源の保存、伝承を目的とする権利制限規定


高校生の演劇は3つ目に該当する?


(d)公共図書館による図書の貸与について


公共図書館による社会公共サービスとしての図書等の貸与について、著作権法38条4項*9の規定を特約によってオーバー・ライドすることは認められないとの見解。
なぜなら「著作権者の利益が損なわれるおそれがあることは確かであるが、社会的弱者の救済という公益性から、当面は著作権者を含めた他の者が広く薄く負担せざるをえないと思われる」からだと。


(e)営利を目的としない上演等(小・中学校でのクラブ活動における無形的利用行為について)

学習のための利用行為であり、次の新たなる創作行為の必然的な前提行為を確保する規定として、強行規定性を認める必要があろう。


以上、メモでした。


で、土屋先生に戻るんですが。


土屋先生がいうように、専門家の見解を無視して、「契約は法律に優先する」から、「許諾をもとめ、交渉を行い、契約を結んで利用が一番安全」なんだよ。
しかも、法律より契約が優先するので、「制限による利用とても、除外・限定・例外を考えれば、権利者の意向を無視できない」から、「法律家に聞くな!」、「権利者に聞け!」となったとき、何が起きるのかもっと考えてみてほしいと思うのです。


著作権という権利の根本を定めた著作権法が理想とするものは何か。
それは、「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与すること」(著作権法第1条)です。
「著作者等の権利の保護」だけでなく、「公正な利用に留意しつつ」、「文化の発展に寄与すること」も著作権法の求めていることなのです。


で、このエントリーを書きながらずーっと考えてたんですが・・・。
おそらく、土屋先生や全国高等学校演劇協議会の見解に対する私の違和感の原因は、本当の利用者は一人ひとりの研究者・学生や生徒であって、大学図書館や全国高校演劇協議会ではないってところかなって・・・。


仕方のないことだとは思いますが、権利者と大学図書館が交渉して「権利制限規定はあるんですが、こういう特約ができました」って言われても、本当の利用者である研究者や学生は蚊帳の外です。
同じように、日本演劇協会と全国高等学校演劇協議会が勝手に交渉して(全国高校演劇協議会は交渉したとは一言も言っていませんが・・・)、「権利制限規定はあるんですが、(権利者との交渉の結果?)大会に参加するためには上演許可が必要で上演料は慣例として5000円になっています」って言われても、本当の利用者である演劇部員の生徒は蚊帳の外なのです。

利用者自身が契約の当事者として権利制限規定をオーバー・ライドする特約を結ぶのならまだしも、誰かが利用者を代表して権利者と契約を結ぶ(加盟校にそのような契約を結ぶよう指導する)場合には、その行為の持つ重み、影響の大きさをもっと自覚してもらいたいと思います。

*1:2005年2月25日に早稲田大学演劇博物館の演劇研究センターで行われたセミナーの資料。http://cogsci.l.chiba-u.ac.jp/~tutiya/Talks/022505Waseda_Enpaku_Copyright.pdf。もちろん私はこのセミナーに参加してません。ですから、以下の内容はこの資料のみから読み取れることを検討しています。って、そんなことしていいのか、俺。土屋先生ごめんなさい。

*2:このあたりの表現は土屋先生一流の表現なんだと思うのですが、しかし、大学図書館長を務めた方が専門家(学者も司書もみんな専門家です)をあまりにも否定的にいいすぎるのは、別の問題を生むのではないかと・・・。確かに「契約を結んで利用が一番安全」というのは、実務的にはその通りでしょうが・・・。

*3:ただ、土屋先生がこのようにおっしゃる事情はわかるような気もします。というのも、土屋先生は、千葉大の図書館長として、著作権法31条(図書館等における複製)をめぐって「セルフ式コピー機の問題」と「FAXによるコピーの提供の問題」などに取り組み、権利者側との交渉を進めてこられたからです。この問題についての土屋先生自身によるまとめとしてはさしあたり以下の資料を参照してください。http://cogsci.l.chiba-u.ac.jp/~tutiya/Talks/030403toukaitiku112103.pdfhttp://cogsci.l.chiba-u.ac.jp/~tutiya/Talks/031102NAL_at_Ritsumeikan_on_Copyright_summary.pdf

*4:詳しくは全国高等学校演劇協議会の「著作権ガイドライン」と私の書いたエントリーを参照してください。http://koenkyo.org/chosaku/chosakuindex.htmlhttp://d.hatena.ne.jp/chigau/20101129

*5:今日のテーマに関しては、私の書いた次のエントリーも参照してください。「著作権法第38条1項と契約のoverridability」http://d.hatena.ne.jp/chigau/20100907

*6:加盟国は、排他的権利の制限又は例外を著作物の通常の利用を妨げず、かつ、権利者の正当な利益を不当に害しない特別な場合に限定する

*7:なお、強行法規とは「当事者の意思の如何に係わらず、その適用が強行される規定をいい、契約をもってしても、規定の内容と別段の定めをすることが許されない規定」をいい、任意規定とは「当事者の意思が欲するときは、その適用が除外され、適用強要されない規定」をいいます。

*8:岡本薫「新しい時代における著作権の課題(妙)」(コピライト2002年3月)からの引用

*9:公表された著作物(映画の著作物を除く。)は、営利を目的とせず、かつ、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。)の貸与により公衆に提供することができる。