高校演劇の上演許可指導と法教育上の問題(その2)

こんにちは。
今日は、全国高等学校演劇協会が既成脚本の上演にあたって上演許可を必須としたことが、どんな問題につながっているのか?
具体的な事例を通して考えていきたいと思います。


皆さんに紹介したいのは、著作権法第38条1項*1に無自覚な著作者(あるいは、知っているが悪意をもって5000円要求する著作者)の具体例です。


[事例その1]

台本を利用する際のお願い

(中略)

上演許可を必ず取って下さい。
上演許可願の書式については下記の書式をご利用願います。
なお一太郎のデータの下線が引いてある部分に直接打ち直していただいても
印刷されたものにご記入いただいた場合でもどちらでも構いません。
その後あらためて著作権使用料等の手続きがすみましたら、こちらから上演許可証をお送りします。
一般的に高校演劇で脚本を利用する場合の著作権使用料は5,000円です。


上演許可の関する代表連絡先(郵送、電話でのお問い合わせ)

〒5○○-○○○○ 住所:岐阜県○○市○○町○-○ TEL:0○○○-○○-○○○○
岐阜県立○○高校 演劇部顧問 ○○○○
*2

この文章を掲載しているのは、岐阜県高等学校文化連盟演劇部会のオフィシャルサイトです。
*3


高校演劇を指導する立場にある先生方が作っているサイト上で、高校生が上演するための脚本(=高校生が非営利・無料・無報酬かつ脚本の改変をせずに上演するはずです)を公開し、その脚本の上演料として5000円を要求するという行為は、問題があるといわざるをえません。
なぜなら、「一般的に高校演劇で脚本を利用する場合の著作権使用料は5,000円です」という説明では、著作権法第38条1項の規定が無許諾かつ上演料なしでの上演を認めているのに、それを乗り越えて上演料を要求している理由が全く示されていないからです。


[事例その2]

このサイトの作品を上演する場合は、必ず事前に作者に上演許可申請をして下さい。


 作者との連絡は、電子メールを原則とします。それぞれの作者名をクリックして、メールフォームに必要事項を記入して送信して下さい。
詳細は、「許可申請の手順とマナー」をご覧下さい。
 著作権使用料は、タイトルに個別の設定があるもの以外は、以下の規定に従います。
   ◎小中学生の公演、または学生の無料公演は無料とする。
   ◎それ以外の公演は5000円とする。
 加筆修正や著作権使用料の支払い方法等は、作者と直接ご相談下さい。
 当サイトでは、一切の仲介を行いません。ただし、「許可申請の手順とマナー」にある手順を踏んでも、どうしても作者と連絡が取れない場合は、当サイトで許可の代行が出来る場合がありますので、ご相談下さい。
*4

この文章を記載していたのは、「東京都中学校演劇教育研究会」のサイトです。
名前がそれらしいだけの怪しげな団体かと思いましたが、そんなことはありませんでした。
東京都の中学校の演劇部を指導されてる先生方がつくられている団体です。
この研究会の役員組織表*5をみて確認してみてください。


さて、引用部分のうち、ポイントになるのは、著作権使用料について、「それ以外の公演は5000円とする」と言い切っているところです。
このサイトでも岐阜県高等学校文化連盟演劇部会と同じこと起きているのがお分かりでしょう。
著作権法第38条1項があるにも関わらず著作権使用料の支払いを求める、その説明が全くないのです。


私が、気になってしょうがない、高校演劇の上演許可指導が抱える法教育上の問題は、以上の事例と関係しています。


現在、高校演劇界では既成脚本の上演には必ず上演許可を取るよう指導しています。
全国高等学校演劇協議会が言うには、「著作者が汗を流し、命を削って創り出したものを上演させていただく、というモラル」(「緊急アピール 著作権問題再び」より引用*6)が大事だからです。
なにしろ、高校演劇界では、「高校演劇人である生徒の皆さんに著作権に対する意識を高めていってもらいたい」(全国高等学校演劇協議会の上演許可のページより引用*7)と考えているのですし。
さらに、「顧問が与り知らぬところで生徒が著作権を侵害している場合には、当該校及び顧問の責任となり、莫大な賠償金を支払うことになる例」(全国高等学校演劇協議会各大会における著作権の扱いについて(通達)*8)もあるので気をつけなくてはなりません。


こういった指導を受けた高校生や部活顧問は、上演許可を取ることは著作権を尊重するために絶対に必要なことなんだと信じて、著作者に上演許可を求め、著作者に言われるままに5000円を支払っているに違いありません。
上のサイトで紹介されている脚本でもそういうことが起こっていることでしょう。


私はここに法教育上の問題が潜んでいるのだと思います。
なぜって、著作権法には著作者の権利を制限する規定(著作権法第38条1項)があり、高校演劇ではその適用を受けるケースが相当数あるはずです。
しかし、現在の高校演劇界の指導のあり方では、生徒がそのことに気づく契機が奪われているのです。
これでは、悪意の著作者がいて、例外規定(著作権法第38条1項)を知りながら、非営利・無料・無報酬で、かつカットも改変もない高校生の上演に対して、上演料5000円を請求してきた場合、生徒はその不当性に気がつかないでしょう。


1つの結論を言います。
全国高等学校演劇協議会のように、法律の条文に基づかず、法律が何のために著作権という権利を認めているかを真に理解させようとしない、そういう法教育をしてはいけないのです。
このように中途半端で、精神主義的な法教育を受けた高校生は、詐欺師に騙されてしまうことでしょう。
一見法律の根拠があるかのように語って、法律知識が乏しい人を騙そうという詐欺師に・・・。
なにしろ、現に、演劇部に所属する高校生は法律上の根拠がない5000円を、そうとは知らずに払ってしまっているのです。
(以下2008年9月3日加筆。私がここで言っている詐欺というのは、上演許可をめぐるものではなくて、もっと一般的な話で、法律が根拠であるかのように装った詐欺一般を指しています。念のため。)


さらに残念なことに、現在の高校演劇界(中学もそうかもしれません)は、上に紹介したサイトの実状からもお分かりのように、教える先生方の方でさえ、著作権法の規定を十分に理解していないものと思われます。
先生方自身が理解していない法律上の問題を、ただ「著作権は大事だ」とか、「モラルを持て」とか、「莫大なお金を請求されるぞ」とかと、生徒に教育されてしまっては困ってしまいます。


(念のために書いておきます。私はここで、演劇界の慣例として上演許可は必要だとか、上演許可をとるのが作者に対する礼儀ってもんだとか、そういう問題については何も言っていません。
私は、礼儀とかモラルばかり問うあまり、著作権というものを定めた根本=著作権法の条文の内容をまったく理解していない対応が横行していることを憂いているのです。)


ついでに、東京都中学校演劇教育研究会のサイトが、著作権法に対する無理解を示しているポイントを指摘しておきます。
それは、著作権使用料を定めるときの区分の仕方です。
再掲します。

◎小中学生の公演、または学生の無料公演は無料とする。
◎それ以外の公演は5000円とする。

この団体の先生方は著作権法第38条1項をご存じないんだと思います。
ちゃんと著作権法の規定を知っていれば、こういう書き方はしないはずだからです。
この規定をつくった先生方の頭の中にあったのは、著作権法35条*9についての曖昧な知識でしょう。
著作権法第35条は、学校での授業の過程で複製権が制限される場合を規定したものです。上演権とは全然関係ありません。


もし著作権法第38条1項知っていたならば、こうしたはずです。

◎「非営利・無料・無報酬」の公演は無料とする。
◎それ以外の公演は5000円とする。


では、「著作権法第38条1項は、知らなかったから」で、こうしたサイトの行為は許されるのでしょうか?
本来、そうはいかないのは、皆さんご存じのとおりです。
法律上の問題は、原則として、「そんな法律があるなんて知らなかった」という言い訳を許してくれないのです。


以前も書きましたが、ネット上を探してみると、岐阜県高等学校文化連盟演劇部会や東京都中学校演劇教育研究会に類することをしている高校演劇部、高校演劇指導者、アマチュア作家、プロ作家は多数います。
私は、高校演劇を取り巻くこうした状況は、非常に不幸な問題だと思っています。


なお、財団法人日本演劇協会がアマチュア(高校生を含む)の無料公演についても、上演料を求めている問題は、今後改めて論じたいテーマです。

*1:公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。

*2:http://www.geocities.jp/gifudrama/create.html

*3:http://www.geocities.jp/gifudrama/

*4:http://tyugekiken.jpn.org/modules/newbb/viewtopic.php?viewmode=thread&topic_id=1&forum=1&post_id=2

*5:http://tyugekiken.jpn.org/modules/smartsection/item.php?itemid=44

*6:http://koenkyo.org/ensou/ensou109/106_1.html#chsaku

*7:http://koenkyo.org/memorial/zyouen/zyouenkyoka-1.html

*8:http://koenkyo.org/ensou/ensou109/106_1.html#saikei

*9:学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における使用に供することを目的とする場合には、必要と認められる限度において、公表された著作物を複製することができる。(以下略)